prof. F を迎えて、取り留めなく話をする機会があった。そんなことはずいぶん久しぶりだった。学務に追われて忙しかったという頃は心配したが、もう元気が戻っていた。一安心した。数人が集まって、近況報告を始めながら、会場を探して街中をうろうろする。これといってしなくちゃいけないことなどないし、話もあっちへいったと思えばそこからまた別の話しに移っていく。
ただ市蔵は、何日か前に電話したらしく、ありきたりに学者の道をいくのは諦めるよう諭されていた。むしろ念を押されたというところらしい。prof. F にも気掛りなのだ。現状は厳しく、大学教員の募集があっても、事実上、建築史は門前払いというのだから、もっともなことだ。市蔵自身がそれを感じていて、長年指導を仰いだ恩師にそれとなく伝えるつもりで電話したということだった。しかし市蔵は素直には prof. の言葉を受け入れていない。現状がそうだからといって、大学が建築史を蔑ろにするのを仕方がないとは言ってもらいたくないという。
prof. のおっしゃる通り、今の建築史研究は憂き世離れしている。大学で祿を喰みながら、学術研究と文化財行政と混同する日本建築史の研究者の史観は可笑しいし、政治史や社会学にすりよる西洋建築史の態度も見過ごすことは出来ない。建築あるいは都市をつくり、手を加えることによって社会に貢献する本来の立場を忘れているのじゃないか。それぞれにはそれなりの理由をもっているが、詰まるところそんなのは言い訳でしかない。大所高所から見ると、大抵大きな矛盾を孕んでいるというのはその通りだ。
それを糾弾するのはいいのだが、しかし、その報いとして建築史が崩壊するというのは、黙って見ていてはいけないでしょう。建築史の分野でやってきた人が、前線を離れたからといって、学界が壊れ逝くのを認めたりしないで欲しい。
市蔵は乱暴な言葉を口にした。さらに、prof. F の言葉を受け入れないとまで言った。
どうしても駄目なんだという気持ちが表れていた。市蔵の啖呵を聞いて prof. の顔に苦味が浮かぶ。市蔵も言う前から分かっていたことだが、話している中で溢れる感情が抑えられなかったのだ。prof. の顔色が変わるとすぐに市蔵の語勢が弱くなった。
この話は長くは続かなかった。さっと終わり、遊びの話か何かになった。
僕が覚えているのは、prof. F が市蔵を諭した言葉だ。
建築史が actual な問題をとらえられないんだから、仕方ないよ。
そりゃあ、actual な問題は、実際に仕事をやってみないと分からないよ。
これはどういうことだろう。ある意味、僕等はみんな現実逃避をしているのか。そこまでは言わないとして、もしも学者だけが見えていないとしたら、その学者はどこにいて何を見ているのだろうか。そして、そんなどこか別の世界での作業がどんな具合に現実社会に影響するというのか。その辺りを prof. はどう考えているのかと疑問が湧いた。