現在職を探している萬年建築学生の文章。これを書くことで気持ちの整理、客観的な自己の見直しを期待。建築ネタに拘らない。
July 2006
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2006/07/15

茂木健一郎『生きて死ぬ私』ちくま文庫 (徳間書店 1998)

この頃、重太郎は「プロフェッショナル」という番組をちょくちょく見ている。タイトルどおり、その道を究めた専門職をひとりずつ紹介するのだが、その番組でゲストを迎え、インタヴューするのが茂木だ。脳科学者としてテレビをはじめ様様なメディアを賑わしている。

番組中、インタヴユーする茂木はいまひとつはっきりとしないこもった口調でやんわりと質問をする。その質問は柔らかな印象ながら的を得ている。落ち着いた会話の中で、理知的なテーマが浮かんでは消えてゆく感じ。興味をそそられる。切れ者といった類とは一線を画した、まるでぼんやりとした感覚の中に漂っているかのような印象である。ユニークだ。

重太郎は、茂木の文章が入試問題や模擬テストでの出題に良く使われると知って、読んでみようかという気になった。駅前の本屋で探すと、二、三の文庫本が見つかった。脳科学そのものよりエッセイの方が良く出題されるだろうと考えて、初期のエッセイを購入する。電車に乗ってページをめくりはじめると、すぐになるほどと感じるようになった。

テレビでの語り口のようにやさしい言葉遣い。専門用語やカタカナ語が少ない。話は日常の生活で感じたことをきっかけにして、すっと自問を始め、時間や死といった哲学的な、それでいて身近なことをあれこれ考えながら進んでいく。かつて通り過ぎた思春期には、こんなことを考えていたなぁ、と重太郎は考えた。

脳科学者が、こんな哲学の問題を抱えているとは知らなかった。片田舎の酒場での会話や、昆虫採集、研究のためにウサギを殺したこと、箱庭療法の体験談、幼馴染の死。どれもがふわふわと落ち着きなく重太郎の胸の内を漂う。全体像とか世界観や体系といったものがない。あるのは、私がこう感じた、こう考えられる、こんな様子が見えるという主観の世界。それでいて話に筋ができている。茂木が物理学や哲学、生物学に詳しいことも分かる。

重太郎は感心していた。

何といっても、こだわりが綺麗に消されてしまっていて、ちからみが感じられないのが驚きだな。頭のいい人に、これをやられたら太刀打ちできない。

Filed under: 日日 — cova @ 23:21
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2006/07/11

FIFA が腐っているんじゃないの

2006年のワールドカップが終わった。何と決勝戦が Zidane の頭突きによる退場という、飛んでもなく衝撃的な幕引きだった。この大会を象徴している。しかも、いわゆる MVP が Zidane に与えられるという信じられない決定。フェアプレーという概念を全く茶番にしてしまった。

大体、決勝戦の審判をあまり評判がいいとも思えない Horacio Elizondo にまかすのがよくわからない。案の定、開始早早にシミュレーションに騙され誤って PK を仏蘭西に与えてしまう。お蔭で試合の展開がおかしくなってしまった。伊太利亜は焦って前半のうちにスタミナをだいぶん使ってしまう。ただ、仏蘭西のプレー、特に Zidane, Henry の(サッカーの)プレーはよかったと思うし、Malouda, Ribery の両サイドは、失礼ながら予想より遥かに危険な存在だった。

何にしても、この大会で日本は、ボールを扱う技術、点をとる技術、チームを組織する技術の他に、ファールに関する技術、審判とのコミュニケーションにも高いレヴェルのスキルが、どうしても必要だということを思い知らされた。メンタル、フィジカルは勿論だ。そして、FIFA 中枢への関与も大きな問題だということが、今回も確認された。

こんな風に代表の面面に厳しいことを突き付けてばかりなのも、気の毒に思うこともある。だって、勝たなきゃいけない試合なのに、独逸までわざわざ応援にいっているおねーちゃんが、引き分けになって屈託無く喜ぶ姿が、そのままテレビに流されてしまうのだから。そこらへんの底上げには時間がかかりそうだ。

Filed under: 日日 — cova @ 00:59
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2006/07/04

ひとりで決めちゃいけない

日本のサッカーの象徴的存在、中田英寿選手がプロとしてのプレーを止めると言い出した。マネージメント事務所も把握していなかった。唐突な発表だ。マスゴミはあっさりとこの発言を受け入れて、もう過去の人としてまとめはじめている。

しかしちょっと待ってくれ。こんな人を喰ったやり方は受け入れられない。こんな強引で独善的な終わらせ方は、あまりにも傍若無人だ。およそ社会などというものを無視している。

本人の好む好まないに関わらず、公人は多くの人に支えられ、様様な配慮を受ける。そして、その人はそうした諸諸の事共に対し報いなくてはならない。社会における義務的な約束事といっていいだろう。日本代表として三度もワールドカップに出場した選手は、当然それを逃れることはできない。

これはプレーをするしないという問題そのものではない。もう試合に出ないという決断をしたなら、そのことについては尊重されるべきだろう。しかし、こんな言葉でぶった切れると考えたのなら浅はかだ。

プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい

ということだが、はっきりいって年甲斐もなく幼いし、いい大人が云うべきではない言葉だ。「手続き」や「義理」を投げ出してしまっている。

黙って止める、人知れず身を引く、なんてことができるなら、それもいいだろう。気持ちも体もすっかり変わってしまう、なんてことはあるかもしれない。しかし、区切りのつかないこの状況の中で、逃れがたい課題が突き付けられた今、ひとりロクな説明もなく抜けていくなんてことは許されない。

ひとりでやっていたのではないのだから。

ここへきて、中田選手が自らのキャリアに泥を塗ったのは残念だが、取り返しがつかないというほどでもないだろう。ともかく、きちんと始末をつけるまでは、コトは終わらないのだ。時間をかけてでもやってもらおう。

Filed under: 蹴鞠 — cova @ 01:29
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