現在職を探している萬年建築学生の文章。これを書くことで気持ちの整理、客観的な自己の見直しを期待。建築ネタに拘らない。
January 2006
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2006/01/31

まだ不満が在るなぁ。

市蔵

なんで大阪市の公園を不法占拠するテントを行政代執行で撤去する報道がワンサイド、一方に偏るんだ。何故、撤去反対の意見だけしか流されない。おかしい。明らかにおかしい。当事者では無い「支援者」があんなに前面に出て、暴行に出て、暴力に訴えて妨害するのもおかしい。

勿論、「世界バラ会義」は切っ掛けに過ぎないでしょう。公園にテントを張って生活するなんて、もともと不法行為だし、公共の福祉に反し、公序良俗からはっきりと逸脱する行為。行政に限らず、地域にとっても問題であったに違いないね。

市が用意した宿泊施設が、「最長入居期間が短い」、「プライヴァシーがない」という問題があったにせよ、もともとやってはいけないことと分かっていながらそれをやり、公園利用者へのサーヴィス低下や付近住民の迷惑を招き、自身の不利益よりも軽んじるのは、社会的に許されない。ダイタイ、不法占拠が放置されると治安の悪化に繋がる。無法地帯となり、犯罪の温床となるだろう。「可哀想」かも知れないが、だからと云って法秩序の及ばない場所は放置できない。ましてや都心部だ。その影響は大きいし、その地域に留まらない問題だよ。

それから、東横インの酷い話。建築士の名前を無断で使って建築確認申請した上に、故意の違法行為を計画的に実行。建築士って、ホント、蔑ろにされてるなぁ。情けないほど。一日経ったら、テレビなんて御名前拝借の件は忘れるし。アンタ達って、そんな人なんだね。

お次は、防衛施設庁発注の新庁舎建設工事で競売入札妨害容疑が上がり、現職を含む50代のオジサン3人が逮捕ですか。技術職のトップだって? 天下りの受け入れによって落札業者を予め決めていた疑いが強いと。悲しいよなぁ。こうなったら、是非にも洗いざらいぶちまけて欲しいなぁ、実態を全部ね。

それにつけても、思うんだけどさぁ、「東京ミッドタウン」なんかに土地をくれてやらずに、あそこで修復、増改築しながら庁舎を使いつづけていくべきだったんじゃないのかね。かつては長州藩毛利邸の下屋敷や歩兵連隊の駐屯地だったらしいし、リッツカールトンホテルやサントリー美術館、ヤフーや富士ゼロックスなんて来ると、返って生臭さが感じられるんじゃないかな。ん、そこまでいったら言い過ぎ? だって、積水ハウス株式会社、全国共済農業協同組合連合会、大同生命保険株式会社、富国生命保険相互会社、三井不動産株式会社、明治安田生命保険相互会社が落札して、SOM が設計なんでしょ。内から外から圧力がかかってそうじゃない、偏見かも知れないけど。

Filed under: — cova @ 01:07
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2006/01/28

建築に対する認識って社会的にはこんなものか

東京は日比谷の三信ビル保存運動で、署名活動が続けられていたが、このほど募集が締めきられ、所有者の三井不動産と千代田区、都へ提出された、ということだ。

そんなに期待できなかったとはいえ、マスコミさんの反応は薄かった。ネット・ニュースでは Chunichi Web Press 系ぐらいしか報道していないようだ(*当方調べ)。恐らく、マスコミ報道関係諸氏にはなんら面白くもなんともない話なのだろう。新しい車はステータスを表しても、古目の近代建築ではイメージが違うといったトコロか。質の良い建築は、在りそうにも思うが、探すとこれがなかなかないのだが。特に、地域や時代を限定した時には、あんまり他は無いもんなんだよ。とまぁ、こんなセリフも吐きたくなる。

では、質の良い建築とはどんなものかというと、立地や構造性能はもとより、プランの明解さおよび的確さ、それに、意匠つまりデザインの美しさといった基本的要素が総じて高く、バランスが良いこととなるだろうか。つまり、特別なあるいは新しい機能が建築にとって決定的なものだとは考えないのだ。一言人にいえば羨ましがられるようなもの、キッチンがどうだとか、面積が広いだか、そんなものが満たされさえすれば良い建築というのなら、素晴らしい建築家なんて掃いて捨てるほど湧き出してくる。そうじゃないですか。数多く接する内に感じる味わい深さ、つまり基本性能の高さ、ポテンシャルなどなどね、そんなものを与えてくれるものの方がよっぽど得難い。金、情報を握ってお山の大将気分になると見えなくなるのかね。

東横の社長の、あの悪びれない態度なんか見ると、建築家ってロクデモナイ連中を相手に商売をしなきゃ行けないんだなぁとしみじみ思う。

そうそう、あれは「条例違反」としか認識していないようだが、「重大な変更」をしていながら申請をしていないので「建築基準法違反」であり、あの建物は「不法建築物」のはずです。マスコミも、法令違反を意図してやる悪質業者のコメントを、良く調べもせずにそのまま流すだけなんて、公序良俗に反するんじゃないかな。わかっててやってるんじゃないでしょうね。

これでもまだ言い足りないなぁ。

市蔵

Filed under: — cova @ 01:48
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2006/01/23

山崎の妙喜庵茶室、つまり待庵を見た。

改めて振り返ってみて、侘びというのは充足を見切る的確さ、その美しさなのか、その意味で素っ気無くさえある。そんな考えが浮かぶ。普段感じるのは何かしらの過剰さだったのか。例えば「瑞瑞しさ」は溢れる様な生命感を湛えているだろう。しかしそれは必要を超えている。余分な、使い所のない余勢がはみ出す。それが相手を抑圧するだろう。

ところで待庵はともすれば見過ごしてしまう佇まいだ。常日頃美として受け取っている力の在り余りがない。普段から身の回りに在るものと違いがないと感じる。二畳の専用室などという強烈な意図を基にしながら、それが作為とも受け取れない。勿論、窓の大きさ、位置は計算の上に選ばれていて、斑なく光が行き届いているし、軸物ないし花活けのもてなしも不足がない。足りている。

だがそれらを建築として纏めているのは「技術」ではないのか。はたまた心としか云えないのか、押し引きしたりの調節に法則性はないのか。分かり易い命題にしてくれというのではない、絡み合ったものでいいから言い表せないか。つらつらと考えていたら感動を忘れていた。考え込んでいた。でも愉しんでいたのだろう。そう謂えば案内の人との会話は楽しかった。まんまと想い通りに運んだのか。

伝説のもつ幻想の力。それが待庵のプログラムの核心なのかと思えば腑に落ちる。モノはただの小屋だったか。つくられたのではなく、後から見つけられた美とも思える。

Filed under: 住まう — cova @ 01:01
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2006/01/07

振り返って浮かぶ意識の感触

肉感を意識した。気になって仕方がなかった。やがて皆が集まる女の部屋で、薄着から脂のくぐもった手脚が伸びている。その色艶。近所の住人の話だとか、部屋の使い勝手を説明しながら、茶を沸かし、窓のところであれがそうだと指してくれる。あっちへこっちへ。眼の端を往く肌の色が軌跡を残す。紅茶の好みを尋ねながら台所へ身を滑らせて煙草に火を点す。気にしないように頼むが、悪いからと言って微笑むばかりだった。

尻が落ち着かず、ぽんぽんと話題が変わる中で茶を飲み終える。

もう一人女が遣って来て、今度は家具を何処で買い、使い心地がどうだとか一頻り喋る。そしてもう一人客が着く。

感覚の生生しい記憶。案内された時の階段のほの暗さやその美しさ、静けさ。それは出てくるが、ようやく揃って始まった後が思い出せない。

暫くして少し痩せた顔を見た時の、苛立ちに似た違和感と喪失の感情を覚えている。名前を聞くと、会った時の感覚ばかり想い出す。

Filed under: 日日 — cova @ 17:36
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2006/01/02

術とは違った藝の在り方を考える

年末年始のテレビはお笑いタレントが沢山出て、騒々しい程に賑やか。あんまりくどく多いので大抵はつけていながら見ていない。そんな時間が長いのだが、ふたつほど食い入るように見て、大笑いし、藝に感心したものがあった。「やすしきよし」と笑福亭鶴瓶「青木先生」だ。

漫才にしろ落語にしろ即興を前提にした言葉のことで、舞台でやるものだ。広く耕しておかないといけないし、機転が利かないと不味い。難しく考えれば、言葉の問題に直面する商売なのだから、所謂制度、言葉に表れる社会的な事柄と常に付き合っている。真正面からしっかりと、とはいかないが、どうしたって逃げられない。人間性さえ問われてしまう。

テレビを見ていて、掛け合い漫才は勿論、落語もコミュニケーションを強く意識し、高度な技を駆使していることが分かった。体系が近代的な整理とは程遠いままなので、学究的な対象とするのは難しいが、恐らくは、「えげつないことをしたらあかん」だの「しっかりつかむ」だの、その芸のことわりを教える言葉は多いのだろう。しかし問題は、人とのやりとり、コミュニケーションの基本的な性格と、状況によって変化する形態あるいは変化そのものにどう対処するかだと思う。言葉の裏表や感情深意の出し方、会話の間、テンポ、リズム。これらが基本的な概念となっているのは、とても高度な領域に意識や技術があるからだ。

表面上はまともには取り合わずに、高度な言葉遣いや会話術で、絡め手から裏を突くことに長け、それでいて基本的な姿勢は正面を向きで正統性を感じさせる。そこにはその人ならではのもの、個性、アイデンティティ、語彙、感受性が綯い交ぜになって人間性が表れる。

自分の仕事も、そうならないといけない。いつかは藝を身につけて、取り留めもなくやり散らかしたり、手を付けずに放っておいたことを、ひょいとつかまえて格好をつけては仕立てていきたいものだと、そんな風に年の始めに考えた。

Filed under: 日日 — cova @ 18:52
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