現在職を探している萬年建築学生の文章。これを書くことで気持ちの整理、客観的な自己の見直しを期待。建築ネタに拘らない。
July 2005
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2005/07/30

重太郎が映画 “Malcom X” の凝りを語る

 
「Malcom X かぁ。どうしてあんな描き方になっちゃうんだろう。
だって、映画の主題は Malcom の人物像でしょ。
魅力的なのに何故か行動が社会問題に行き当たっちゃう。
しかも、素直に直視するばっかりに問題が大きくなる。
人間は好ましいのに行動が悩ましい。
どっかで有りそうなことじゃない。
そんな Malcom チャンを筋で見せるって云うのは、無理だろう。
アメリカだと、ちゃぁんと筋を語らせないと収まらないんだろうなぁ。
 
でもさ、筋なんて所所飛んでても見る側で勝手に想像するじゃない。
ここぞと云う所をたっぷり撮っててくれればいいんだよ。
どうしても決まりが悪いなら、最後にナレーションで間に合うよ。
結局そこの辺が上手く行かなくて、長い割には説明の多い映画だったな。
頭ん中、ゴリゴリに固まってるんじゃない?
 
今はそんなことよりさ、
イスラム教をテーマにしてるってところに意味があるかな。
テロリズムと重なるところがあって、そういう意味では考えさせるね。
Malcom チャンも魅力あるしね。面白いと思うよ。」

Filed under: 日日 — cova @ 23:06
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2005/07/28

金魚と子供と親父の思い出

 
「いや、僕ね、あぁいうの好きなんですよ。だから気になるんですよ。」
「あれは、親父の趣味だったんだけどね。」
「そうなんですか。」
 
「僕ね、金魚飼ってるんですよ。」
「へぇ、そうなの。」
「蘭鋳なんですけど。なんか、いいじゃないですか、ああいうの。」
「そうね。優雅な感じがするね。」
「そうでしょ。」
「でも蘭鋳か。王道じゃない。」
「そんなに詳しい訳じゃないんですけど。」
 
「そう云えば、餓鬼の頃に、金魚掬いの金魚。三角の尾っぽの奴があるじゃない。あれを何年か飼ってたらすっごく大きくなって。20センチぐらいになったかな。」
「あれ、駄目ですよ、金魚掬いのって。凄く病気とか持ってたりしますよ。家もね、子供が金魚掬いしてきたんですよ。それで子供がね、一所にしてやらないと可愛そうだって言って入れたんですよ。そしたら、全部死んでしまって。だけど、怒るに怒れないでしょ。子供のことだから。」
「そうね。昔、その辺で獲って来た魚を池に入れたいって言ったら、親父、豪く嫌がってたな。」
「そうでしょ。」
「まぁ、こっちも餓鬼だったからね。」
「あれ。・・・ これが、、こうなって。っと。 ん。いいのか。・・・」
 
「ヨーチンってあったでしょ。」
「ヨーチン?」
「今はもう無いけど、昔、ヨーチンとか赤チンとかあったじゃない。親父があれを池に入れる前に少し入れて、30分か1時間ぐらい置いて、それから獲って来た魚を池に入れてたよ。」
「ああ。傷口を治すから魚にも効くんですよね。なるほどね。僕も大分そういうの好きだったんですけど、でもねぇ、違うって言うんですよ。子供はね、優しい気持ちで一所にしてやらないと可愛そうだって言うんだけど、」
「そりゃあそうだよね。餌も手間も全然違うよねぇ。」
「そうなんですよ。これが嫁さんだったら、嫁さんいないんですけどね、誰か家に居て、お爺ちゃん、お婆ちゃんとか居て、それでその、家のものだったら怒鳴り散らしてるんですけど。でもね、子供が優しい気持ちで一所にしてやりたいって入れたら、怒れないでしょ。」
「そりゃあ、そうだよね。」

Filed under: 日日 — cova @ 00:21
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2005/07/27

あの雌花が実を結ぶ

苦瓜の小実
苦瓜があれから1mほど伸びた。
蔓が太くなった。葉も大きくなった。
しかし、まだまだ茂らないと暑気を遮れない。

Filed under: 日日 — cova @ 23:47
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2005/07/26

東京ヴェルディ 3 - 0 レアル・マドリード

主審が長い笛を吹いて試合が終わると、桃恵がテレビから向き直って喋り始める。

「フレンドリー・マッチって、もう面白くないよね。昔は大騒ぎしたけど。本気じゃないモンね。レアルって、チームを作る前に世界一周して、すっごく稼ぐんでしょ? やっぱりさ、三カ国目とかになっちゃうと疲れちゃうんだよ。ヘロヘロだったね。あれじゃぁ、駄目だよ。」

「それからさぁ、あのアナウンサーって可笑しいよね。いつもゴールが入ってから騒いでなかった? 普通、テレビから目を離してても、点が入りそうな時は実況で分かるじゃない。でもさぁ、私、2点目の時に丁度ご飯を装ってたのよね。コーナー・キックだったんだけど、直前まで全然関係ない話をしてたと思ったら、いきなり入ったとか言うんだもん。見逃しちゃったぁ。あぁあ、って感じ。」

何時の間にか、桃恵が独り言ちる。

Filed under: 蹴鞠 — cova @ 00:34
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2005/07/21

苦瓜にも花の雌雄

苦瓜の雌花

苦瓜は、東インドないし熱帯アジア原産のウリ科ニガウリ属の多年生植物だそうだ。ただし、日本では一年しかもたない。ウリ科だがら花に雌雄の別がある。雌花は数少ない。数日前にひとつ花をつけ、もうすぐまたひとつ。

六月の中頃まで雨が降らなかったが、特に水遣りもせずにいた。その期間は生育が遅かったが、梅雨に入ると急に伸び始めた。今は3mを超える高さになった。

インドでは実だけでなく葉もカレーの具にするらしい。苦瓜の苦味はスパイスに負けない強さと思える。しかし、カレーだけに葉を使うとなると、葉は癖が強いに違いないない。どうしたものか。

Filed under: 日日 — cova @ 12:15
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2005/07/20

他者の研究に可能性を感じる

この数年来、ルネサンス建築を体系的に論じてみたいと、prof. F は考えている。これまでの研究を集大成にしたいのだ。一つ一つの研究、疑問、見解が全体として何処へ向かうのか。自らの仕事の評価と限界を見極めてたいと考える。

prof. F は特定の課題に偏らずに出来るだけ広い視野を持とうと努めてきた。自己批判を心掛けた。客観的判断を追求した。理性的に振舞うことで、より大きな成果を得ようとしたのだ。ミスター建築史と呼ばれた恩師A教授の教えでもあった。

prof. F の感情は強く、情動的に行動することを意識していた。だから、逆説的に自己抑制を求めた。固執すると研究が捗らなくなり、ついに放棄することさえあった。理性的であるために批判的な目を必要としたのは prof. F だった。

しかし、時間が感覚や感情を変える。かつての研究は、現在その研究者にとって他者の仕事だ。違った見方、判断と映る。習慣的に、今の視点で批判的な評価、分析を行う。prof. F が研究を振り返ってみると、ルネサンス研究の構想が浮かんだ。過去の研究作業を足懸かりにして、新たな射程を掴んだのだ。意欲が漲った。成果に反映されなかったものもあるし、今の状況で何が注目されるかも把握している。論理の組み立てや、それを実現するための細々としたテクニックも身についている。未知の領域へ踏み込む態勢が出来ている。

この何年かは、大学改革や大学経営の転換に巻き込まれて、ルネサンスに手がつけられないままに時が過ぎた。時の経過によって prof. F の過去と現在が引き裂かれ、互いに他者であることが多方面で明瞭になった。

「それがかえって、いいんじゃないかな。より客観的になるんでしょ。」と桃恵が言う。

Filed under: 日日 — cova @ 00:12
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2005/07/19

久保竜彦が帰ってくる

7月17日の日曜日。Jリーグ、FC東京対横浜戦。後半14分から久保出場。

コンビネーションが良くないが、個人プレーで魅せた。高いジャンプ力、ハイボールの処理からフィニッシュまでの素早さ、左のパンチ力。どれも高いレヴェルだ。それにドリブルもなかなか。

久保のプレーは大きく見える。目的がはっきりしている。判断が的確で早い。

観戦に訪れたジーコが見たかったのは久保なのではないか。まずまずの姿を見せただろう。コンディションが整えば、早早に日本代表へ復帰すると思う。

昨年前半、ワールド・カップ、アジア地区一次予選での活躍は記憶に新しい。エース復活が近い。

Filed under: 蹴鞠 — cova @ 00:44
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2005/07/17

この季節、暑いだけじゃない

胡瓜の糠漬。一切れ摘まんで口へ運ぶ。美味い。その香りが懐かしい。あぁ。そうか。これは夏の愉しみだったんだ。

Filed under: 日日 — cova @ 22:59
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2005/07/16

これまでの建築史の限界を考える

prof. F の西洋建築史講義録は架空のものだ。大学では prof. F は様式史の形態で行った。

市蔵は、それを肯定する。

「他にどうすんの。様式史以外に何かあったと思うか。そら、今オレは様式なんちゅう考え方を邪魔やと思ってんで、せやけど歴史を教える時には、古い時代から段段と下ってくんのがオーソドックスな方法やろ。どうする。やっぱり時代を区切らんと話しにならんやろ。その時に、何で区切るかって言うたら、難しいで。」

市蔵は時代区分が必要だと訴える。時代を区切る時には、既成の概念を利用するのが穏当である。様式史による区分を使うことは問題がなく、建築史を学ぶには様式を理解すれば充分とする風潮に抗議するのだという。

「全く別個の話や。様式を定義して覚えたら、その時代を理解できるなんていうのは間違いや。様式は仰山ある歴史の見方のひとつでしかないし、そんなに広くカバーしてない。例えば『ゴシック建築の達成は、中世スコラ哲学の理念、つまり神を中心とした秩序を反映したことにあると言える。』なんて真顔で言うやつがおる。パノフスキーの説を丸々信じとるわけや。何十年も前の、今は誰も見向きもせんようになった学説なんや。ところでこのパノフスキーの話には、イタリアのゴシックは勘定に入ってへんはずや。訊いたら、あれはホンマのゴシックやないとか言うやろな。他にも勝手に除外されてるのは一杯ある。実際には様式の美しい発現として認められた数少ない例から、定義を考えてる。そうとしか思われへん。そやから恣意的な概念なんや、様式は。大体ゴシック建築をその時代の目的みたいにゆうのが可笑しい。」

「様式史の考え方は時代精神っちゅうのを前提にしてる。そんな仮想のキャラクターが時代や様式、終いには作品までつくってるみたいに言いよる。何でもかんでも時代精神が様式でコントロールした結果やなんて、そんな話、信用でけへん。考えてみ。現代の、今生まれてるとこの建築を、同時代の人間が見て、ある様式の実現を目指してるなんて思えるか。皆そんなことしてんのんか。ちゃうやろ。そら、どうしても限界が超えられへん、一定の枠に収まってるってゆわれたら、否定し難いで。だからってゆうて全部が全部、誰も彼もが一般的な社会の枠組みに囚われてるわけちゃうで。中には吃驚するようなことをする奴もおる。特に時代を代表するような奴はただモンやないで。枠ん中に収まりきらんようなトコがあるんちゃうの。」

「prof. F の西洋建築史講義録は、時間軸とか、様式とか、今までの講義が前提にしてたモンを全部引っ繰り返してるのが凄い。その上で、歴史だけやのうて建築全体のテーマを設定して、色んなことをあっちこっちから集めてる。ようやるで。」

prof. F の講義録が架空のもので、実際に講義されていない点を市蔵は心配する。まだ何も知らない者が、このプログラムで上手く学べるのか。すっと頭に入るのか。既にネット上で公開されてから時間が経つが、リサーチは行われていない。このプログラムは、寧ろ建築史に興味を持つ人が、従来のシステムで学んだ時の枠組みを抜け出すのに役立っているのだろうと、市蔵は考える。

Filed under: 日日 — cova @ 23:45
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2005/07/15

夏の風物詩を見つける

蝉の脱殻

寝坊していたのを蝉に起こされた。日が高く、暑かった。

Filed under: 日日 — cova @ 20:23
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