現在職を探している萬年建築学生の文章。これを書くことで気持ちの整理、客観的な自己の見直しを期待。建築ネタに拘らない。
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2006/05/18

山形浩生が鼻くそとこけにする

山形浩生が同潤会青山アパートの保存運動団体を指して「古いものなら鼻くそでもありがたいってだけでしょ?」と煽っていた。

せんべえがご機嫌ん斜めだ。

開発者側から見ると、保存運動なんて仕事の邪魔ということかな。結局。

イタチごっこなんだから仕方ないじゃないか。誰かの個人的な、節操のない考えで、建てられたり潰されたりするんじゃ、社会資産として運用できないでしょうが。現状はそうなってるんだ。「ハナクソ」だろうと何だろうとなぁ、機会を見つけては、選好みせずにつるむんだよ、そうやって声を出さないと維持できないんだよ。運動自体がだ。知ってるだろ。

専門家の顔して開発のゴーサインを出せば、すぐにみんな動くんだよ、みんなそれを待ってるんだよ。あんた知ってて言ってるんだろ。

確かに「あれを美しい町並みとか歴史的建造物とかいってありがたがってる連中」というのは、保存命な人じゃないだろう。都市計画畑の匂いがする。今の状況を逆手にとって騒ぐ、鼻持ちならない連中じゃないかな。そりゃあ、あんなのの肩をもちたくない。

しかしだ、「古いものなら鼻くそでもありがたい」なんて言ったら糞味噌でしょうが。みんなその台詞を面白がるんだよ。それが分かっててやってんだよなぁ。

大体、都市計画の連中は、ずぅっと保存をまともに考えてこなかったんだから、せめて足引っ張るなよ。

Filed under: — cova @ 04:26
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2006/01/31

まだ不満が在るなぁ。

市蔵

なんで大阪市の公園を不法占拠するテントを行政代執行で撤去する報道がワンサイド、一方に偏るんだ。何故、撤去反対の意見だけしか流されない。おかしい。明らかにおかしい。当事者では無い「支援者」があんなに前面に出て、暴行に出て、暴力に訴えて妨害するのもおかしい。

勿論、「世界バラ会義」は切っ掛けに過ぎないでしょう。公園にテントを張って生活するなんて、もともと不法行為だし、公共の福祉に反し、公序良俗からはっきりと逸脱する行為。行政に限らず、地域にとっても問題であったに違いないね。

市が用意した宿泊施設が、「最長入居期間が短い」、「プライヴァシーがない」という問題があったにせよ、もともとやってはいけないことと分かっていながらそれをやり、公園利用者へのサーヴィス低下や付近住民の迷惑を招き、自身の不利益よりも軽んじるのは、社会的に許されない。ダイタイ、不法占拠が放置されると治安の悪化に繋がる。無法地帯となり、犯罪の温床となるだろう。「可哀想」かも知れないが、だからと云って法秩序の及ばない場所は放置できない。ましてや都心部だ。その影響は大きいし、その地域に留まらない問題だよ。

それから、東横インの酷い話。建築士の名前を無断で使って建築確認申請した上に、故意の違法行為を計画的に実行。建築士って、ホント、蔑ろにされてるなぁ。情けないほど。一日経ったら、テレビなんて御名前拝借の件は忘れるし。アンタ達って、そんな人なんだね。

お次は、防衛施設庁発注の新庁舎建設工事で競売入札妨害容疑が上がり、現職を含む50代のオジサン3人が逮捕ですか。技術職のトップだって? 天下りの受け入れによって落札業者を予め決めていた疑いが強いと。悲しいよなぁ。こうなったら、是非にも洗いざらいぶちまけて欲しいなぁ、実態を全部ね。

それにつけても、思うんだけどさぁ、「東京ミッドタウン」なんかに土地をくれてやらずに、あそこで修復、増改築しながら庁舎を使いつづけていくべきだったんじゃないのかね。かつては長州藩毛利邸の下屋敷や歩兵連隊の駐屯地だったらしいし、リッツカールトンホテルやサントリー美術館、ヤフーや富士ゼロックスなんて来ると、返って生臭さが感じられるんじゃないかな。ん、そこまでいったら言い過ぎ? だって、積水ハウス株式会社、全国共済農業協同組合連合会、大同生命保険株式会社、富国生命保険相互会社、三井不動産株式会社、明治安田生命保険相互会社が落札して、SOM が設計なんでしょ。内から外から圧力がかかってそうじゃない、偏見かも知れないけど。

Filed under: — cova @ 01:07
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2006/01/28

建築に対する認識って社会的にはこんなものか

東京は日比谷の三信ビル保存運動で、署名活動が続けられていたが、このほど募集が締めきられ、所有者の三井不動産と千代田区、都へ提出された、ということだ。

そんなに期待できなかったとはいえ、マスコミさんの反応は薄かった。ネット・ニュースでは Chunichi Web Press 系ぐらいしか報道していないようだ(*当方調べ)。恐らく、マスコミ報道関係諸氏にはなんら面白くもなんともない話なのだろう。新しい車はステータスを表しても、古目の近代建築ではイメージが違うといったトコロか。質の良い建築は、在りそうにも思うが、探すとこれがなかなかないのだが。特に、地域や時代を限定した時には、あんまり他は無いもんなんだよ。とまぁ、こんなセリフも吐きたくなる。

では、質の良い建築とはどんなものかというと、立地や構造性能はもとより、プランの明解さおよび的確さ、それに、意匠つまりデザインの美しさといった基本的要素が総じて高く、バランスが良いこととなるだろうか。つまり、特別なあるいは新しい機能が建築にとって決定的なものだとは考えないのだ。一言人にいえば羨ましがられるようなもの、キッチンがどうだとか、面積が広いだか、そんなものが満たされさえすれば良い建築というのなら、素晴らしい建築家なんて掃いて捨てるほど湧き出してくる。そうじゃないですか。数多く接する内に感じる味わい深さ、つまり基本性能の高さ、ポテンシャルなどなどね、そんなものを与えてくれるものの方がよっぽど得難い。金、情報を握ってお山の大将気分になると見えなくなるのかね。

東横の社長の、あの悪びれない態度なんか見ると、建築家ってロクデモナイ連中を相手に商売をしなきゃ行けないんだなぁとしみじみ思う。

そうそう、あれは「条例違反」としか認識していないようだが、「重大な変更」をしていながら申請をしていないので「建築基準法違反」であり、あの建物は「不法建築物」のはずです。マスコミも、法令違反を意図してやる悪質業者のコメントを、良く調べもせずにそのまま流すだけなんて、公序良俗に反するんじゃないかな。わかっててやってるんじゃないでしょうね。

これでもまだ言い足りないなぁ。

市蔵

Filed under: — cova @ 01:48
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2005/05/29

文様になった都市の姿とその広がり

pallalink の見方を誤っていたので、修正したい。展覧会の印象だけで前に投稿したが、改めてサイトを見ていると、違ったものが見えてきたからだ。言い訳をすると、大きな作品をぐにゃりと曲げて見せることを優先していたので、展示点数が少なかった。フォトログとなっているオリジナルは、時系列でずるずる作品群を手繰る仕組みなので、別物だと感じる。その辺りに焦点を合わせようとしながら、曖昧で勝手な記憶に頼ったのが失敗の原因だった。

さて、何を間違ったのか。ひとつには “「本来のオブジェクト」を反射させて作品が創られている” としたことだ。彼の作品は、反射と云うような一回こっきりの反応ではなく、連続的な動作の産物なのだし、そんな言葉ではあの広がりを感じさせる空間を捕まえていない。あの広がりを云うには、反復の方がいいだろうし、「オブジェクト」の循環を捕まえるのが先決だ。

彼が案内書に云う「グレーゾーン」とは、普段振り向かれることのない都市建造物たる「本来のオブジェクト」のことだろう。と云うことは、作家は構図に挑んでいるつもりはないのだ。都市の中で彼が見つけ出した「オブジェクト」は打ち捨てられていて、そうした別段、意味が認められていないところを敢えて見つめる。見つけたものは彼にとっても深層を引き出すモチーフではあるが、関心は専ら反復プログラムへ向かっている。そう彼は云っている。

しかし、構図の概念、フレームという切り取りを揺るがしていることの方がずっと面白い。埒外をプログラムで埋めたことによって、境界が遥か彼方へ逝ってしまっていて、今は見えていないフレームの外側にも同じ姿が延々と続く感覚が新鮮なのだ。その所為か、中には一極集中の放射状の構図があるのだが、それでは振るわない。外へ行って薄くなるようだと駄目で、捻る様な具合ででも、安定して循環する冗長的な作品が魅力的だ。

また、その冗長によって、都市景観が文様と化している点も特徴だろう。全く人工的に作り出された意匠、唐草文だとか雷文だとかいった文様ならば見慣れているが、景観と化した建造物などと云う半死状態で埋もれたものをカメラで掬い、半分生っぽいままに文様にしたから気になるのではないか。しかも、一旦引っ張り出しておきながら、意味を剥奪して記号に貶めてしまう。見えていないものを取り出しておきながら、返す刀でぐしゃぐしゃにしてしまう。一人で勝手にぐるぐるやっている。自分の尻尾に噛み付くウロボロスのようだ、と云っては云い過ぎか。

作家にとって展覧会とはメルクマールだろう。基準、区切りであるはずだ。だから通過儀礼となり、フレームワークとなっても不思議ではない。それはずっと続いていることだし、悪いものではないのだが、彼が避けるのもまた仕方がないことだろうか。意味や形、存在といった古典の特徴を否定しようとしているのだから。ならば言説化と云う彼にとっての迷惑は、他のものに投げられているのだろう。そう考える。

Filed under: — cova @ 13:33
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2005/05/26

photolog の在り方、そして、その彷徨い

pallalink.net は、写真の古典的な構図に揺らぎをかけている、そう深読みしてみる。そんな風に読めるのは、活動が log を媒介している所為としか思えない。どうしても一抹の座り悪さが残る、そんなものを介するあたりが、揺さぶりにピッタリきている。

“Creatures of the City” と題した展覧会のオープニング・レセプションへ行ってきた。招待状を読むと、「グレーゾーン」が彼の対象だという。

暫くの間会場に腰を据え、とりとめもなく辺りの人と話をしていたが、ふと間が空いたところで、プリントアウトを綴ったアルバムに目が留まり、改めて軌跡を確認する気になった。話していても、彼の活動のどこをどう評価するのか、その問題を解く糸口が掴めず、ごろごろとした気分を持て余していたからだ。

改めてアルバムを手繰ってみて思いついたのは、彼が材料にするのは白くトンだ部分や黒くツブれた部分じゃないのかという考えだ。ニューヨークの街角を撮った、「材料」段階のアルバムを見ていて気がついたのだが、「グレーゾーン」という言葉は正確ではない。グラデーションを十分に与えるのが難しく、すぐに埒外へ持っていかれる部分が、実際の操作の対象なのだ。そのとても繊細なところに「本来のオブジェクト」を反射させて作品が創られている。つまり、第一の工程は、すぐにトンでしまう領域を切り取ることであり、構図の後ろを掴むことだ。そして第二工程で、揺さぶりに出る。写真のもつ古典性即ち構図を弱めることに意義を見い出す。後ろに回った部分を敢えて前景にするのではなく、オブジェクトのコピーで埒外を埋めてしまって境界をズラすのだ。こうして「本来の」構図が虐められる。写真の最も基本的な力を否定する自虐といえる。

しかしそれをやると、今度は複写反射の設定が作品の主題になる。この主題の出現は、そのまま新たな枠組みとなって作者の前に現れる。そんな堂堂巡りとなってしまう。彼は、面倒のかかる堂堂巡りを意識の外にやって、かえってそこを彷徨う道についているらしい。

「言説化」という当世の理をスルーして、いちいちと一歩一歩の感触を喜ぶかのようだ。「何を目指すのか」、「何故そうなるのか」を言葉にして乗り越えるという「方法論」から体をかわす。その態度は、彼が抱えている問題に敏感になっている証なのか。

薄薄感じていたことにケリをつける。展覧会を催す、作品に仕立てるとは、そういうイニシエーションであるはずだ。しかし、彼が出して見せるのは作品ではなく、実は log なのだ。見せる必要も無い道程も晒して、作品個個のインパクトを弱める自虐が、そのまま彼のスタイルとなっている。しかも、全体を見取るには、彼に付き合って、それと分かるようには表現されていないものの、よくよく考えて分かる行く先を、こちらが見遣らなければならないようだ。

彼に惹かれるのは、そうしたからくりの所為だ。だが果たして、こんな言葉を投げかけてみたところで、お互いに立ち位置の捩れをボンヤリ見返すだけなのかもしれない。

Filed under: — cova @ 01:37
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2005/04/20

夜の LOUIS VUITTON あっと 京都四条

LOUIS VUITTON 京都大丸店 (設計・外装: 永山祐子)

LOUIS VUITTON 京都大丸店 LOUIS VUITTON 京都大丸店 詳細

おやおや、保守派ですね。

Filed under: — cova @ 10:11
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京都の四条烏丸辺りでの隈研吾の仕事

COCON KARASUMA

COCON KARASUMA COCON KARASUMA 詳細

あー、つまんない。

Filed under: — cova @ 09:56
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2005/04/04

秋葉原はヲタクと万博のクロスフィールドとなり果てぬ

秋葉原の再開発計画「秋葉原クロスフィールド(旧称:秋葉原ITセンター)」が石原都知事の肝煎りで進んでいるんだけど、勝ち馬に群がるホワイトカラー(死語)の集団を見るようで、正直引いてしまうし、がっかりだ。秋葉原にしろ、大阪の日本橋にしろ、今はエロエロ商売抜き、法に抵触するかもしれない危ない領域なし、精神が弱っているないし少々病んでいる人抜き、買い物ツアーの中国人客なしなんて姿には、もう戻れないところへ来ているのに、お役所や大学がその仲間入りしようという発想は尋常じゃない、それこそ逝ってないか。知的見通しや地域の管理に日夜励んでいるはずの身奇麗な人達が、いわばモラルの赤線地帯で何をしようとし、何ができる見込みがあるのかな。もし、皆がそんなものを持たずに突っ込んでいるのなら、秋葉はまた大きく変わるよね。

どうやっても相容れない世界の違う人たちが狭い地域に集まるのだから、それはもう棲み分けか食い分けする他はないんじゃないかな。学生なのかニートなのかわかんないのが、ダイガクやエロやアニメのどれかに誘われて出てきて、うろうろしている間に寄って集って金が吸い上げられる、と社会人たちは考えているのだろうか。そんなに旨くいくのかな。若い連中はやはり敏感だし、感じたところをすぐに行動に反映させるから、それに、サブカルチャーの習得の早さは大人な人の想像を凌駕するんだぞ。それを計算に入れてるのかぁ、疑問だぁ。もしもさ、競争排除をやってしまって、当て込んでいた弱い連中の行き場がどっかいったらさぁ、投資を回収できないままに秋葉がすっかり変わってしまうような気がしないかな。ホワイトな人達の想定から秋葉原は出ないんですかね。リスクにヘッジかけてるの?

ところで、ニッチ niche って、生態学用語だったんだ。ウィキペディアでごく簡単に調べただけだけど、棲み分けや食い分けの概念もわかって、知らない間に経済活動を生態学的に眺める視点に慣れつつあるのに、ようやく気がついたよ。

Filed under: — cova @ 23:38
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2005/04/03

吉阪隆正と(藤森照信と石山修武)

NHK教育テレビで藤森照信の特集番組を見た。既に昨年の9月25日に放送したものだったが見ていなかったので、何となくチャンネルを合わせたらそのまま見た。「樹上の家<高過庵>」をネタに1年間追い回したという。それだけでは物足りないのか、藤森の作品を一通り紹介もした。

あまり藤森の設計を悪く言うつもりはない、東京大学の建築史の教授が「古きよき時代」の慣わしを踏襲して、設計に手を染め刺激を与えているのだから。あざとさと問題提起と自身の楽しみとをややこしい天秤にかけながら、ご自身もそれにどういう意味があるのかわかっていないだろうし、そんな面倒な話は避けるに違いない。先に実現させる。

そんなものを追いかけよう、全てを詳らかにしようというのではない。ただ、藤森の設計が吉阪隆正を礎にして始まったと聞いて、ふーんなるほど、とは言ったものの、でも吉阪と藤森は基本的に違うんじゃないの、という感覚を持て余している。

まず、吉阪をよく知らないので、ぼんやりとした印象しかなく、色色考えてみても自分を納得させられない。番組の中で藤森は「先(未来)じゃなく昔にかえりたい」と言っていたが、吉阪はモダニズムと正面から取り組んだので、そこは違う。つまり、システムを目的とするありがちなモダニズムとは別の在り方を吉阪は目指していたのであって、それこそ本来的な建築、ひいてはモダニズムの在り方だと考えていた、と感じているからだ。だから、藤森がライバルだという石山の作品に見る不器用な仕掛の合成となった姿は、これもまた別物だ。藤森の言葉を真面目に受けると、三者に共通点があることになるが、それは違う。

もしそうなら、建築家が囚われる様様な思想を振り払って、モノかたちを条件を満たすようにだけ考えて決めてゆく、そんな建築、そんな設計がモダニズムが行き着くはずのところ。そういうことが(藤森と石山)が求めていることになる。そんな姿勢はない。二人の仕事は、メディアの煽りがあって初めて成り立つだからだ。

だからかなのか、自由な発想で実現したら賞賛を惜しまないでいよう、と思う。やはり期待したいと願うのだ。

Filed under: — cova @ 01:02
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2005/03/30

ぐるっと廻ってどう変わったのか

昨日のままではだめだと思う。もう少し考えてみる。

要は、長谷川の逸子さんの設計は、分かり難さがない、分かり易くなった。玄人の仕事の手の込んだ細工がない。しかし、これは短所ではない。素人じみたものがいけない訳ではない。

建築が活性するなら、大概のことは許されていいだろう。意識的にエグ味やひつこさを出すのも結構だ。例えて言うなら、ラーメンの味付けは、上品な調和を求めるのではなく、脂の濃厚な味を強烈にぶつけるのが多いくらいだが、かえってそれが好まれる。そういうアプローチもありだと思う。

長谷川さんちの仕事がそうだというのではない。ぐるっと一巡りして、設計が濃厚な味付けになったと言うよりも、むしろ灰汁が抜けたように感じる。すっきりして後味爽やか。「建築設計はこうでなければならない!」という主義主張、信念、思い込み、押し付けがなくなったのだ。ブルータリズムと揶揄される状況がない。なんと素晴らしいことか。

モダニズムが本来の自由を獲得して、その可能性を遺憾なく発揮する環境が整ったのじゃないか。そんな風に期待する。

Filed under: — cova @ 23:50
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